「怜ちゃーん。」
「あれ?バイトじゃなかったんですか?」
「試験前だから早上がり。」
「なかなか殊勝な心がけですね。」
「そりゃ俺だって、本業は学生なわけだから。卒業できないと困るしね。」
「そう思うならバイトやめたらどうですか?仕送りはあるんでしょ?」
「んんー・・・もうちょっと稼がないと・・・。女の子の靴って高いのな。」
「またしぃさんですか。いったいいくら貢いでるんですか。」
「貢いでるなんて人聞き悪いなぁ。俺が好きで買ってあげてるんだし。」
「バイトの時給、もうちょっと上がんないかなぁ。」
「ムリならムリってしぃさんに言ったらどうです?」
「そんなこと言ったら、しぃちゃん、がっかりしちゃうじゃないか。女の子失望させるのはよくないよ。」
「ボクならそんな女の子は願い下げですが。」
アール自身は、しぃのような可愛い彼女がいることが自慢だったが、周りの誰も、アールのことを羨んでなどいなかった。
むしろ、アールの貢ぎっぷりを見て、彼女に声をかけなくてよかった、と安堵さえしていたのだ。
「それよりさ、怜ちゃん。」
「なんでしょう?」
「試験範囲ってどこ?」
「今頃なにを言ってるんですか!ここからここまでですよ!」
「えー・・・。」
「範囲多いよ・・・。怜ちゃん、一緒に勉強しよ?」
「今までさんざん一緒に勉強しよう、って誘ったのに、断ったのはアールくんです。」
「そこをなんとかさぁー・・・。」
「ま、いいでしょう。ボクも復習になりますから。」
「うー・・・覚えらんねえ・・・。カンペ作ろっかなぁ。」
「いけません!そんなことする時間あったら、勉強したほうがマシです!」
「それもそっかぁ。」
この調子でアールは4年間・・・いや、ハイスクール時代も含めると8年間、怜に頼って、勉強を乗り切ってきたのだ。
「んー・・・このくらいにしときますか。」
「怜ちゃん、サンキュー。怜ちゃん、教えるのうまいよなぁ。」
「誰のせいでうまくなったと思ってるんですか。」
怜に勉強を教えて貰って、試験ではちゃっかりと、怜と同じくらいの点数を取ってしまう。
もともと頭の出来はいいのだが、普段時間がないのを理由に勉強しようという努力をしていないから、怜に頼ることになってしまうのだ。
「さ。寝よ。しっかり睡眠とらないと、頭の回転が鈍くなるし。」
「言われなくても寝ますよ。」
「怜ちゃん、おやすみー。」
怜は、釈然としないものを感じながらも、いつもアールのペースに巻き込まれてしまうのだった。
けれど、それもあと数ヶ月でおしまい。
そう考えると、怜は少し寂しさを感じる。
一人になって、アールはちゃんとやっていけるのか・・・。
それが心配でならなかった。
だが、さすがのアールも、就職だけは自分でなんとかしなければいけない。
こればっかりは、怜を頼るわけにはいかなかった。
「・・・うん。うん。・・・ちゃんと探してるって。」
「・・・いやいや。そんなのいいって。自分でなんとかするからさぁ。」
「だから、ちゃんと考えてるってば。」
このところ、しょっちゅう実家から電話がかかってくる。
それもこれも、アールがなかなか就職を決めないので、両親が心配しているのだ。
「これでも考えてるつもり・・・なんだけど・・・。」
父親はジャーナリストで、顔が広い。
だから知り合いに就職の口を当たってくれたり、母親が働く美術館で、とりあえずアルバイトから始めてはどうか、と言ってきたりと、電話のたびにあれこれと話を持ってくる。
「でもなぁ・・・。」
アールの希望は公務員。
・・・いや、公務員でなくとも、一生安心して働ける、安定した仕事に就きたかった。
出来れば、昇進も早くて、ボーナスもきちんと出るところがいい。
それもこれも、しぃのためだった。
しぃは、悪い子ではない。
しぃの父親は、この大学の教授である。
その一人娘であるしぃは、甘やかされて育てられ、だから、お嬢様育ちで世間知らず、ちょっと甘ったれなところがあるだけだ。
「んー・・・分かんない・・・。」
親から叱られたこともなく、欲しいモノはなんでも手に入った。
「ふぁ・・・眠た・・・。」
父親が教授だから、そして、生まれた時からずっとこの大学を目にして育ってきたから、というそれだけの理由で、なんとなく大学に入った。
ただ、今までそこそこにしか勉強してきていなかったため、大学に入って途端に授業についていけなくなった。
「もー・・・寝ちゃおう。勉強は・・・アールくんが教えてくれるからいいや。」
今まで、親にあれこれねだっていたのが、アールという恋人が出来て、ねだる相手が変わっただけだ。
勉強は楽しくなかったが、アールと一緒にいられるのは楽しい。
しぃにとってアールは、自分の願い事を叶えてくれる、魔法使いのような存在だったのだ。
「いらっしゃい・・・なんだ。怜ちゃん。四郎も。」
「よっ。」
「試験が終わった途端バイトですか。」
「稼がないとねー。」
アールは試験期間中を除き、ほぼ毎晩、このカフェでバーテンとして働いていた。
あれこれとバイトをしてみたが、やはり夜の仕事が、一番実入りがいいのだ。
「なんか飲む?」
「お腹空いたので、なにか食べたいです。」
「ほい。」
「試験はどうでした?アールくん。」
「ま、ぼちぼちかなぁ。」
「まったく・・・やれば出来るのに、なんで普段からやらないんですか。」
「忙しいし。」
「いっそのこと、ここに就職したらどうですか?」
「それは勘弁。やっぱ日勤の仕事じゃないと。」
「アールくんの作るカクテルは美味しいですけどね。」
「そりゃ、毎晩作ってるしさ。けど、この程度の腕じゃ、バーテンダーとして稼ぐには全然足りないよ。」
「それにさー・・・夜の仕事じゃ、しぃちゃんと時間が合わなくなっちゃうだろ?」
「けど、しぃさんはまだ学生だから、日中も時間があるのでは?」
「しぃちゃんが卒業した後の話だよ。」
「まさか・・・結婚するつもりですか!?」
「そうだけど?」
「俺がちゃーんと稼いでさ、しぃちゃんには家にいて貰いたいわけ。掃除して、布団干して、ご飯作ってさ。おかえりー・・・なんて言ってもらいたいんだよ。そんで子供たくさん作ってさ。」
「・・・本気ですか・・・。」
「うん。だから、就職決まったらプロポーズしようと思って。」
「はぁ・・・そこまで・・・。」
「あ。四郎もなんか飲む?」
「ふむ。地獄の業火のようなヤツを作ってくれ。」
「よっしゃ!任せとけ!」
アールは本気だった。
そこそこの成績でもいいからきちんと大学を出て、いいところに就職して、しぃが大学を出たら結婚して、幸せな家庭を作って、子供が出来て・・・そんな生活設計が、アールの中には出来上がっている。
「そのためには、まず就職だけど・・・。」
アールは、自分自身の生活設計の、まず第一歩すら踏み出していない。
「・・・あ。メール。」
「しぃちゃんだ。」
「課題、手伝って~・・・か。」
「かーわいいなぁ。もう。」
しぃからあれこれ誘いがあると、自分のことは二の次になる。
アールにとって、一番大事なのはしぃがニコニコと笑っていてくれることで、そのためなら、自分の時間も、お金も、なにもかもしぃに捧げるつもりだった。
「アールくーん。課題、手伝ってもらいにきちゃった。」
「いらっしゃい。しぃちゃん。」
「もー全然分かんなくって。しぃ、お手上げなの。でも今週中に提出しないと、単位貰えないかもだし・・・。」
「ちゃんと手伝うよ。今日中に仕上げようか。」
「1日でやっちゃうの?結構たくさんあるんだけど・・・。」
「大丈夫!任せとけって。」
しぃは、アールとは学部が違う。
アールには専門外なのだが、しぃのためなら、専門外の勉強をすることは、苦ではない。
「上、行こうか。談話室も食堂も、人がいるからなぁ・・・。」
「アールくんのお部屋は?」
「怜がいるよ。」
本当は、しぃの家まで行って、勉強を教えればゆっくりできるのだが、アールはまだ、家の中まで上げてもらったことはない。
行っても、いつも玄関先までで、しぃが出てきて、外に行きたい、と言うのだ。
「ここなら静かでいいだろ。」
それに、アールがしぃに会いに行きたい、と思うより先に、必ずしぃの方から寮にやってくる。
それだけ好かれているのだ、とアールは解釈している。
「課題、どれ?」
「あのね。ここから。要点をまとめて、方法をいくつか考えなさい、って。」
「OK。どこが分からないの?」
「んー・・・要点がどこなのかが分かんない。」
「そっかぁ・・・。」
これはいつものことだ。
だからアールは事前に、しぃのカリキュラムを把握して、勉強していたのだ。
そんなことをしているから、自分の勉強も、就職活動すら時間が制限されてしまうのだが、幸い、しぃはまだ2年生。
専門分野、といっても、さほど突っ込んだ内容ではないため、アールにも十分理解出来るのだ。
「じゃ、まとめるところからやろうか。」
「うーん。」
テキストを広げ、概要を確認して、しぃに説明するのだが、しぃは難しい顔をするばかりだ。
「アールくん、すごーい。しぃ全然分かんないよ。まとめて?」
「んー・・・じゃ、俺がまとめまでやるから、その後は一緒に考えようか。」
「んふ。頑張って考えるね。」
とは言ったものの・・・。
しぃに甘いアールは、結局すべてやってしまうことになる。
しぃはそれを清書して提出するだけ。
それでも、しぃがある程度は理解してくれている、とアールは信じていた。
利用しているとか利用されているとか、そういった感覚は二人にはない。
しぃがアールを頼って、アールはしぃの期待に応える。それが愛だと思っていたのだ。
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アール編ですが・・・話の内容をまったく考えていなかったため、時間かかってます(^-^;)
早く就職を決めて欲しいモノです。
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