「おや?今朝はずいぶん冷えると思ったら・・・。」
昨日はぽかぽか陽気で、気温がぐっと上がって、雪も溶けかかっていたのに、今朝はまた雪が降り出していた。
「予報は雪だったかな?」
「なごり雪・・・だね・・・。」
今日はアールが帰る日。
ここで一緒に時間を過ごした空も、アールと別れるのが名残惜しい、と思っているかのような雪だった。
「・・・寂しくなっちゃうな。」
ケイは大丈夫だろうか。
最初は遠慮がちで、接し方が分からない、などと言っていたケイだったが、ずいぶんとアールのことを気に入ったようで、すっかり仲良くなって、どこに遊びに行くにもアールを連れ出していた。
ケイの様子をうかがって、励まさなければ、と思った。
「ケイちゃん。今日は・・・。」
「うん。アールくん、帰っちゃう日だよね。」
「そう。笑顔でお見送りしてあげなくっちゃね。」
「うん。大丈夫だよ。」
「だって、また、すぐ会えるもん。夏休みには遊びに来て、って言ってくれたんだ。」
「そうだね!ばぁちゃんも一緒に行くからね。」
「うん。またすぐ会えるよね。」
『大丈夫』。
ケイはまたそう言った。
だが、その顔は、涙を堪えているようにも見えた。
「あれ。雪だ。」
アールがここに来てから、雪はずっと降ったり止んだりしていた。
それが昨日は晴天で、あれだけ積もっていた雪が溶けかかり、道路や山が姿を現した、と思っていたのに、今朝はまたうっすらと積もっている。
「今日で最後か・・・。」
本当に、心から名残惜しいと思った。
「・・・外、見てこよう・・・。」
こんな雪にお目にかかれることなど、しばらくはないだろう。
だから、この町が白く染まる風景を、目に焼き付けておきたいと思ったのだ。
「もう真っ白だ。」
「困ったな・・・泣きそうだ・・・。」
ここに初めて来た時の不安よりも、今、ここを離れる寂しさのほうが強い。
肌を刺す寒さも、目が痛くなるほどの雪の白さも、なにもかもが、アールには離れがたいものだった。
それでも、時を止めることは叶わず、
やがて・・・
迎えの車がやってきた。
「おばあちゃん、元気でね。」
「アールくんもね。」
「今度はウチに遊びに来てね。」
「必ず行くよ。ケイちゃんと一緒にね。
「ケイちゃん、俺、手紙書くからね。」
「ケイも書くよ。そんで、絶対また会おうね。」
「うん。」
「ケイちゃん。」
「ん?」
「ケイちゃん、元気でね。」
「うん。」
泣きそうになるのを、ケイに見られたくなかった。
そして、お別れに、ケイの身体のぬくもりを感じてみたかった。
「(ああ・・・ケイちゃん、なんかいい匂い・・・。)」
ケイの身体は温かくって、お日様のにおいのような優しい香りがした。
離れるのがイヤだった。
けれど、どちらともなく、そっと手を離した。
「・・・じゃ俺、行くね。」
「うん。」
もう振り向かない。
振り向けば涙が溢れて、もう一度ケイに抱きついてしまいそうだったから。
「バイバイ。」
ケイも同じだった。
アールの後姿を見送って、また以前と同じ生活に戻っていく。
そのためにも、振り向かないで欲しい、と願った。
だからケイも、それ以上はアールに声をかけなかった。
「・・・。」
「・・・行っちゃった。」
アールは振り向かなかった。
その後姿は、ちょっぴり凛々しくて、頼もしい男の子の背中だった。
「面白い・・・子だったな・・・。」
最後はほんの少し、お兄さんらしいところを見せてくれたのだ。
「ばぁちゃん。」
「うん?」
「この家、こんなに静かだったっけ?」
「・・・そうだね。なんだか静かだね。」
アールがいなくなった寂しさを、ケイは隠さなかった。
おばあちゃんの言うとおり、笑顔でアールを見送った後は、ちょっと塞ぎこんで、外に遊びにも行かず、家の中でおばあちゃんと一緒に過ごしていた。
「一人いないだけでこんなに静かになるなんて、ケイ、知らなかったよ。」
「ケイちゃん・・・。」
ケイの寂しさが、おばあちゃんにも伝ってくる。
『かえって・・・可哀想なことしちゃったな・・・。』
アールを短期間ここに引き取れば、ケイの遊び相手にもなって、ケイも喜ぶだろう、と思った。
確かにその通りだったが、短期間預かるということは、短期間でいなくなるということだ。
『また辛い思いさせるなんて・・・あたしもバカだねぇ・・・。』
夏休みになったら、必ずケイを、アールに会わせてあげたい、と思っている。
そうでなければ、ケイが不憫すぎる。
「またここで一人で寝るのか。」
「なんだかイヤだな。もうちょっとばぁちゃんに甘えとこうかな。」
なごり雪はやがて消え、春がやってくる。
そして季節は移った。
自分が生まれ育った街へ戻ったアールは、ケイと手紙のやり取りをしていた。
「今日はケイちゃんから手紙、来てないかな。」
「・・・今日も来てないか・・・。」
しかし、最初のうちは頻繁に手紙が届き、時には写真が同封されていたりして、アールもせっせと返事を書いていたのだったが、次第にケイからの返事が遅くなり、このところずっと来ていない。
アールは毎日郵便受けを覗いては溜息をついていたのだ。
「返事来なくったって、書いてもいいよな。」
「もうすぐ夏休みだしな。もしかして、突然来て、俺を驚かせようとか?」
「えーっと・・・『ケイちゃん、もうすぐ夏休みだね。』」
「あっ。字、間違えた。」
アールは知らなかった。
少し前から、アールが書いた手紙は、ケイに届いていなかったのだ。
「やっぱ・・・返事きてから書こうかな・・・。」
そして、手紙の返信が間遠になるにつれ、アールも手紙を書くのが億劫になっていった。
「・・・ねぇ、アールに言うべきかしら?」
「うーん・・・子供には難しい話は分からないだろう。」
「しかし・・・その子・・・可哀想な子だな。」
「私も詳しい話は聞けてないんだけどね・・・。」
「両親の次は、おばあちゃんとまで引き離されてね。」
「けど・・・。桐野のおばあちゃんも結構な年だったろ?」
「うーん・・・そうでもないと思うんだけどね。でも・・・。」
アールの両親が、なにかこそこそと話している。
キッチンでなにか飲もう、と思っていたアールの耳に、桐野の名前が聞こえたような気がして、もしかするとケイのことを両親が話しているのかもしれない、とアールはリビングに入っていった。
「ねぇ、おとうさん。なんの話?」
「お前、まだ起きてたのか。」
「のど渇いちゃって目が覚めたんだよ。ね、なんの話してたの?ケイちゃんのこと?」
「子供が聞くような話じゃないのよ。お水飲んで早く寝なさい。」
「だって目が覚めちゃったんだもん。」
「ね、ケイちゃんとばぁちゃんが来たら、しばらく泊めてあげてもいいよね?奥の部屋、空いてるし。」
「またそれ?いいから早く寝なさいってば。大人の話してるんだから。」
「ちぇ。つまんないの。」
「アール、『おやすみなさい』は?」
「おやすみっ!」
大人はいつもこうだ。
都合が悪くなると、『子供には関係ない』と言う。
「・・・まったく・・・あの子ったら・・・。」
「なんだかアール、冬休みからこっち、ちょっと大人っぽくなったよな。」
「そう?反抗的にはなった気がするけど・・・。」
夏休みになっても、ケイからはなんの音沙汰もなかった。
アールも手紙を書くことがなくなり、両親と旅行に行ったり、学校の課題をやったり、友達と海に行ったりと、毎日を忙しく過ごすうちに、来ない返事を待ちわびることはなくなった。
それでも時々、ケイと過ごした日々のことを思い出していたが、次々と季節が変わって、周囲の環境が変化するにつれ、子供時代の淡い思い出など、忘れ去っていったのだ。
~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~
過去編、終了です。
子供の時、親戚の子と遊んだ記憶など、こんなものですね。
なんだかいい話っぽくなってしまって、これで物語が終わってもいいかな、とか・・・
いや、今からなんですけど。
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